会社沿革


昭和13年

中島飛行機株式会社(株式会社SUBARUの前身)の協力工場として、 当時の栃木県足利郡山辺町に資本金19万円で「株式会社深井製作所」を創立。

昭和20年

終戦により民需産業に転換

昭和24年

富士産業株式会社(株式会社SUBARUの前身)との取引開始

昭和26年

富士工業株式会社(株式会社SUBARUの前身)より、スクーターの金型と部品を受注。

昭和28年

富士重工業株式会社(株式会社SUBARUの前身)設立とともにその協力工場となり、スクーターの金型と部品を引き続き受注。

昭和29年

資本金を304万円に増資し、敷地拡大・増築・設備増強を行う。(750トン水圧プレスを新設)

昭和33年

富士重工業株式会社(株式会社SUBARUの前身)より「スバル360」の部品を受注。

昭和35年

第二工場新設。富士精密工業株式会社(昭和36年よりプリンス自動車工業株式会社となる)の協力工場と なり、自動車部品を受注。

昭和38年

資本金を2,000万円に増資。

昭和40年

御厨工業団地に新工場建設。大型プレスラインと溶接・組立ラインを新設。

昭和41年

日産自動車とプリンス自動車工業との合併に伴い、日産自動車株式会社の協力工場となる。

昭和44年

久保田鉄工株式会社(株式会社クボタの前身)の協力工場となり、農業機械部品を受注。又、山川工業株式会社(現、ユニプレス株式会社)と提携する。

昭和45年

資本金を4,000万円に増資。

昭和48年

資本金を6,000万円に増資。400トンプレスラインを新設。

昭和55年

プレス工場を増築し、600トントランスファープレスを新設。プレス加工の自動化を促進。

昭和56年

工機工場にNC立て中ぐり盤を導入。

昭和57年

スポット溶接ロボットを導入し、溶接作業の自動化を促進。

昭和58年

工機工場を増築し、大型NC立て中ぐり盤と型彫機を導入することにより、金型製作能力を増強。又、プレス工場に300トンプログレッシブプレスを導入。

昭和59年

プレス工場を増築し、1,600トントランスファープレスを導入。プレス加工の自動化を大幅に促進。
コンピュータによる生産管理オンラインシステム稼働。

昭和61年

大型電動ロボットを導入し、ハンドリングに活用。

昭和63年

創立50周年を迎える。
太田工場・新田工場を設立し、産業機械の新分野に進出。

平成 3 年

CAD/CAMを導入。設計から製造までの管理面での合理化を促進。

平成 4 年

大月工場(現本社工場)用地を取得。工場建設着工。
三次元レーザー加工機導入。

平成 5 年

タンデムプレスロボット自動化ライン完成稼働。
8月、大月工場(現本社工場)操業稼働。

平成 9 年

大月工場(現本社工場)に全工場集約。
工機工場に5面加工マシニングセンターを導入。
株式会社エフテックとの取引を通じホンダ自動車部品の受注始まる。

平成10年

ISO9001認証取得

平成11年

3次元レーザー溶接機導入

平成12年

3ton疲労試験機導入。可搬型疲労試験器導入、AUTO FORM導入

平成13年

ロボキャド導入

平成14年

自動車向けテーラードブランク工法による部品の実用生産採用決定

平成15年

QS9000認証取得

平成16年

ISO/TS16949認証取得

平成17年

ISO14001認証取得
プレス工場を増築し、2,700トントランスファープレスを導入
設備治具専用の駒場工場を取得・稼

平成19年

資本金を7,000万円に増資

平成21年

4月工場ゲート無人管理システム導入
『ヒートインシュレータ』特許取得
デジタルマイクロスコープ導入

平成23年

3月プレス工場を増築

平成25年

5月 embrellaロール加工機を導入
6月 2700トントランスファープレス2号機を導入

平成26年

6月 FTIC(Fukai toyotetsu Indiana Coporation)の設立

平成27年

2月 5軸加工機を導入

平成28年

5月 2700トントランスファープレス2号機を、3500トントランスファープレスに能力増強
9月 駒場工場拡張 工機課工場、テクニカルセンター完成
11月 工機課工場に新5軸加工機を導入

平成29年

4月 駒場工場に衝突試験設備導入