1)雇用管理の見直し 2005(平成17)年~2006(平成18)年
これまでの雇用制度の見直しも行った。2005(平成17)年4月、役職定年制を導入し、管理者・監督者の若年化を図った(2008年4月に廃止した)。
また、次期取締役候補の育成を図る執行役員制を2006(平成18)年10月にスタートさせた。
公的年金制が社会問題となる一方で、定年退職者の再雇用が会社に対して制度として要望されるようになってきた。深井製作所は2006年3月定年退職者再雇用規則を改訂し、段階的に65歳まで雇用していく方法を採用した。
2)時代に沿った新社内研修の取り組み 2005(平成17)年~2008(平成20)年
人材育成のため、教育は以前より熱心に行われていたが、社内研修が初めて体系的に実施されるようになったのは、1983年(昭和58年)1月からである。
上記したように、1982(昭和57)年新人事管理制度確立の動きのなかで、「作業等級規定」「賃金規定」「資格規定」が制定展開された。「資格規定」に基づく資格試験が実施され、試験に先立って社内教育が行われた。QC、IE、原価、JST、MTPの教育であった。どちらかというと現場社員または管理監督者向けの教育であった。10年後職能資格制度の下、1992年(平成4年)にはさらに間接部門向けの科目や工場部門の職種毎の科目を増やし、さらにQCやIEも等級の低い1等級の人から理解できるように、従来のものをバラシ等級毎に組立て直した。
社内研修は、職能資格制度とリンクし、研修の受講率は昇格試験の受験資格の条件となった。しかし、同じことを長くやっていると内容が時代に合わなくなってくることは否めない。
2005(平成17)年頃から教育委員会が設置され、社内研修の見直しが始まり、時代の変化や企業活動に要求される多様化に対応すべく、社員の質的変化やレベルの向上を図るため、「原理・原則」に即して新しい社内研修の体系を作りあげた。

2007(平成19)年4月、最も重要と考えられる、「安全」「原価」「品質」に新しい展開が行われた。部課長が、テキストを作成し講師を務め、それぞれの科目は全職種を対象としている。テキストはそれぞれがわかりやすく、精度の高いものとなった。
アメリカやイギリスその他海外での取引が多くなり、さらに部門も多岐にわたって出張や滞在の頻度が多くなってきたため、英会話能力(英語能力)が必要となった。
そこで2004(平成16)年10月から、社内で英会話講座を開始した。講師には英米人の方を迎えており、既定の受講回数の修了時には全員TOEICの試験を受けることになっている。
受講修了者はすでに英米での仕事に活用している。


3)労働時間の短縮 1981(昭和56)年~2008(平成20)年
我が国の戦後は、1947(昭和22)年の労働基準法(週48時間労働制)による影響で急激に労働時間は短縮された。
その後、経済復興で経済の稼働率が上昇するにつれて労働時間は長くなったが、1960年代にはいると生産性向上の成果も得られ労働時間は短くなってきた。
60年代後半のいざなぎ景気が過ぎ1970年代のオイルショック後、労働時間はさらに短くなってきた。
1981(昭和56)年当時、我が社の年間所定内労働時間は2121時間40分で、年間の労働日は268日、休日数は97日、1日の所定内労働時間は7時間55分という状況であった。
当時の生産量は現在の約2倍はあったというこの時期に、さらには時短は実質賃上げという考え方もあり、所定内労働時間を短縮するには躊躇があったろうと推察される。
しかし、この頃から我が社も労働組合の労働諸条件改善要求を契機として労働時間短縮の方向へと向かった。
1980年代に世界から日本は「働きすぎ」と批判を浴びる中、’88(昭和63)年には法定週労働時間を48時間から40時間へ短縮する改正労働基準法が制定され(当面46時間)、’93(平成5)年に週40時間への実際のシフトが決まった。基準法にしたがい、翌年我が社も週平均労働40時間制に変更した。
また、1992(平成4)年には、時短委員会(※)で有給休暇取得制度を検討しているなかで、リフレッシュ休暇制度を取り入れた(10月1日制定)。1年間の中で1回3日間連続で有休を取得することができ、土日曜の休暇を合わせて利用すると連続5日間休みがとれるという制度である。またこのとき、それまで当月に恣意的に取得していた有給休暇を、前月のうちに計画的に申請する取得制度に改めた(計画休暇)。有給休暇を取りやすくしたのである。
(※注)時短委員会 1989(平成元)年に総労働時間短縮に向け労使双方で構成され設置された委員会。
その後、所定内労働時間は以下のように減少推移した。
1984(昭和59)年 2090時間、年間労働日は264日、休日数は101日、1日の所定内労働時間7時間55分
1988(昭和63)年 2066時間15分、年間労働日は261日、休日数は104日
1993(平成5)年 2026時間40分、年間労働日は25日、休日数は109日
1994(平成6)年 1日の所定労働時間は8時間とした。
1995(平成7)年 1992時間となり2000時間を割った。
1998(平成10)年 1976時間、年間労働日は247日、休日数は118日
2000(平成12)年 1952時間、年間労働日は244日、休日数は121日
休日数は主要な得意先である大手企業の富士重工業と同じになった。
以降、2008(平成20)年の今日に至るまで、年間年間所定内労働時間は1952時間となっている。
所定内の労働時間の短縮はみてきたように前進を続けてきたが、所定外労働時間を含めた総労働時間も短縮されてきたわけではない。生産量を消化せざるを得ない状況で総労働時間を減らしていくのは困難な問題と言わざるを得ない。
仕事と家庭生活を両立させるべく登場したのが、2005(平成17)年の次世代育成支援対策推進法である。
我が社は、推進行動計画のなかで、平均所定外労働時間を2007(平成19)年までに年間240時間以内とする方向を示している。
また有給休暇取得率を、2007年までに現行41%から60%以上にするとした。
適正な労務管理をめざし果敢に取り組んでいる現状である。