70年のあゆみ-概要

4-2)解析技術の導入 《技術の進歩》

 1997年5月 FRAME SD FF CPの前端部の牽引フック結合部の強度解析等もあり、初心者に使い勝手がよいMECANICAを導入した。強度剛性解析ソフトで初心者が一番苦労するのが、メッシュ作成である。有限要素法はこのメッシュを一つずつ順に計算するのだが、メッシュの大きさによって得られる答えの精度が変わってしまうという問題がある。
 当時NASTRANは優れた解析ソフトであり、数多く使用されていたが、このソフトは長年解析に携わったベテランでないと答えが合わないと言われるほど、メッシュの作成が問題だった。 MECANICAはこのメッシュの問題をソフト側で考え、応力の集中する部分をソフトが自動的に細かいメッシュを作成し、求める精度の答えを出してくれるのを売りにしていたソフトであった。
石川君が行った21Zフレーム先端牽引フック部の強度解析例
 しかし、MECANICAは発売元の関係でPRO ENGINEERというソフトとの相性が良くCATIAとの相性は今ひとつであつた。
 このソフトを使用しての解析にも慣れてきたのと、富士重工業ではNASTRANによる解析が主であるため、1999年6月にはパソコン版のNASTRANを導入し運用を開始した。   
 上記のソフトはともに線形領域の解析が出来るだけで、非線形領域の解析は出来ない。ということは衝突解析の挙動、破壊の状況等の解析が出来ないのである。
 深井製作所が担当するFRAME は衝突部材であり、非線形領域の解析が出来ないのは問題である。
 ではどうしたか、新日鐵との技術交流会を通じて、非線形領域の解析を行ったのである。 新日鐵の樋渡主任研究員、村里さんなどの多大の協力を得て、衝突解析ソフトとして定評のあるPAM CRASHも、スーパーコンピューターも新日鐵の機械を使用して解析したのである。新日鐵の樋渡さんに「スーパーコンピューターを一月の半分以上も深井製作所のために使用した」とも言われたりしたが、単純に計算費用だけでも2000万円以上もすると推定され、新日鐵の大きな協力があったのである。
 次期プレオのフロントフレ-ムは2000年春に富士重工業からプレゼンテ-ションの話が正式にあり、新日鐵と共同で現行プレオ(16R)のフレ-ムの解析と提案仕様について衝突解析、計算の検証のための新日鐵富津研究所での圧壊テスト、JARIの設備を借用しての動圧壊テストを共同で行って、2001年10月の富士重工業のVA展示会に解析結果とVA品を展示した。
衝突解析結果1衝突解析結果2

 11月にはVA品を設計、購買関係者にプレゼンテーションを行い、深井製作所として軽自動車で初めてFRAME S D FFを受注することに成功し、その上FRAME R FLR SD Fまでも受注することが出来た。 
その後もホットプレスを使用したB PLR INRの側面衝突解析等でも新日鐵の多大の協力を得ている。
BPLR CPの軽量化検討

4-1) 解析ソフトの進歩 《技術の進歩》

 図面の3次元化が徐々に進み、21Z開発では全点3次元化された図面となった。
 こうなれば部品を実際と同じようにSOLIDとして画面上でも扱えるようになった。
 SOLIDとして扱えると言うことは、有限要素法による解析が自由に出来ると言うことである。 一方、有限要素法による種々の解析ソフトの発展はめざましく、強度剛性解析のソフトは、すでにNASTRAN等あり実用に供されていたが、プレス成形シミュレーションソフトは改良が少し遅れていた。
 1996年秋にはプレス成形シミュレーションソフトJ-STAMPのプレゼンテーションがあったが、実用には使えない物であった。しかし1999年になると実用に耐えうる信頼の高いソフトがいくつも出てきた。ソフトの進歩は私たちが考えている以上に非常に早いことを痛感した。

3-4) 深井製作所でのホットプレスの研究開発 《技術開発》

 2002年7月頃 新日鐵のアドバイスもあり欧州のフォルクスワ-ゲン、プジョ-シトロエン等が量産車に使用していて、新日鐵と技術協力関係にあるベルギーのアルセロ-ル(現アルセロール・ミタル)が量産しているホットプレスの研究に着手することとした。 このとき、国内ではアイシン高丘がトヨタプリウス向けに少量生産しているだけで、他社は、新日鐵の話から始まった日産と関連のユニプレスが試作研究に着手したばかりだった。
 ホットプレスとは500Mpaクラスのハイテンを950度に加熱して、型のなかで急冷、焼き入れをして1470Mpaのハイテンにする技術である。
 2002年10月 富士重工業のVA展示会にホットプレス製品の展示をした。
 2003年1月深井製作所はホットプレスの研究開発に当たり、テ-ラ-ドブランク開発の時と同様に栃木県に助成金の申請を出した。審査の結果、2003年6月栃木県地域産業創造技術研究開発費補助金1000万円が認められた。
 この補助金により7月末にホットプレス用加熱炉を950万円で太平工業より導入した。
組みあがった加熱炉組立中の加熱炉


 10月には富士重工業の設計、材料研究部の立ち会いのもとホットプレスのトライを実施している。この時点での試作品は、欧州の自動車メ-カ-が量産している、フォ-ム型によるバンパ-ビ-ム、ドァビ-ム、ル-フレ-ル等であった。
VA展示会にホットプレス参考出展

 2004年2月には66L B PLR OTR等のドロ-型製品、絞り深さ200mm近いNR1のR FRAME SD Fへのトライを開始し、成形に成功している。深い絞りのFRAMEやB PLR OTRの成形にはKNOW HOWがあり、単にプレスしても割れてしまう。何回もの失敗の末に成功したものである。これらの試作品の一部は新日鐵八幡の研究員が持ち帰えられ工場の試験室に飾られた飾られたようだ。。
      
 ドロ-型製品のホットプレスは、他社から発表されてなく深井製作所が一番進んでいた。現にユニプレスはB PLR INRのホットプレスが成形できなくて深井製作所のトライ時にわざわざ技術部次長が見に来られた。 これらの研究は、新日鐵のホットプレス研究グル-プ、末広博士、楠見主任研究員、石森プレス実験担当マネジャーらと常に一体となって進めていた。
ホットプレス試作品

 センターピラーアウターのホットプレス品は一年後の幕張のモーターショウの部品館にアイシン高丘、豊田鉄工の2社が参考に提示していた。
 2004年から 量産設備の研究も同時に行ってきた。その結果、単独では2億円程度の投資が必要となることがわかった。過熱炉の投資が大きいのである。

 富士重工業は、投資の回収を大変気にしていた。しかしユニプレスのホットプレス量産設備 は小山工場ら設置され1直に満たないくらいの操業であったし、2006年7月からスカイラインのB PLR INRにホットプレスが採用され量産設備を一新されると、旧設備は遊んでいる状態で、ユニプレスは深井製作所の生産を受けるとのことであつた。しかし富士重工業が再三のプレゼンテ-ションに対しても、研究に着手する気配がないため、また、2005年秋、トヨタが富士重工業の株を取得し、業務提携等が結ばれたため、2005年秋には研究を中止した。

3-3) 深井製作所での高張力鋼板の研究開発 《技術開発》

3-3-1)成形性の研究
 高張力鋼板(以下高張力鋼板をハイテンと略す)の生産は、62F SUS LWR 、ユニプレスのバンパービーム等440Mpa 、500Mpa級は生産実績があったが、本格的な研究は、21Zの590Mpa級のハイテンがFRAME SD FF CPに大量に使用されることから始まった。
 1998年10月 富士重工業、新日鐵、深井製作所の三者によるLWVプロジェクトでハイテンの研究がテーマとなり、1999年2月深井製作所関連部品約20部品をハイテンで試作することとした。材料は新日鐵材、型は深井製作所が担当し安価にするためブロックを削り製作することとした。 結果から言うと、思っていたより成形できるというのが実感であつた。
 しかし、本格的に検討するのは、1999年5月 栃木県地域技術改善補助金が認可され、FRAME SD FFの試作型を製作することから始まった。この改善補助金は翌年も認可され、支給されて総額2600万円もの補助金をいただくことができた。

 FRAME SD FFの試作型は新日鐵の佐久間博士、樋渡主任研究員らと共同で解析しながら研究した。プレス成形シミュレ-ションソフトへの入力デ-タも新日鐵から詳細デ-タをいただき計算した。
 深井はAUTO FORM、新日鐵はPAM STAMPと解析ソフトは異るがスプリングバック、ねじれ等、計算結果と実際のプレス結果と照合しながら、その都度、金型の見込み量を決めながら、玉成していった。
 このような事前の確認があったので、2003年5月量産開始となった21ZのFRAME SD FFの生産型では大きな問題もなく生産に入ることが出来た。

3-3-1)溶接性の研究
 ハイテンは、鋼材の炭素成分は変わらないが、添加元素により炭素が増えたような影響がでる。専門用語でいう炭素当量が一般材に比較して多くなり、一般的に溶接性が悪化する。
 1999年10月から2002年3月にかけてスポット溶接、W/N W/Bについての溶接性の試験を 590Mpa、 440Mpa、 270Mpaとの組み合わせで確認し、新日鐵富津研究所の溶接専門担当者との意見交換等行い溶接条件を確定していった。

3-3-2)780Mpa、980Mpaハイテンの研究
 2003年10月から 2004年10月にかけては、さらに強度の上がった780Mpa、980Mpaハイテンについて新日鐵から材料提供をしていただきプレス成形性、溶接性についての研究を続けた。更にスプリングバック量、金型材質、切り刃材料等についても研究を行った。
 590Mpaと780Mpa、980Mpaとではまた一段と成形が難しく、溶接条件等も幅が狭くなり、難しいことが判明しそれぞれ基礎デ-タを集めた。

3-2) 深井製作所でのTWB工法の研究開発 《技術開発》

3-2-1)マッシュシーム溶接
 深井製作所では、富士重工業の次期レガシィへの採用を狙い、1998年の5月頃からTWB工法の研究を開始した。この時期富士重工業スバル技術本部材料研究部もTWB工法の検討を開始し、試作用のマッシュシーム溶接機の導入を行った。この時点では国内では、三菱自動車、韓国では現代自動車はじめマッシュシーム溶接によるTWBが主流であった。
 深井製作所はFRAME SD FF 本体をマッシュシーム溶接によるTWB工法で試作し、10月のVA展示会に展示することとした、といっても溶接機があるわけでなし、溶接機は富士重工業で導入した機械を使わせて貰った。
 9月にマッシュシーム溶接によるブランク材の製作を行ったが、マッシュシーム溶接も溶接途中で鋼板が熱とロ-ラ-の圧力で逃げて上手くいかず30枚近く試作してやっと数枚ブランク材が出来た。プレスすると1枚がワレもなく成形できコンプルしVA展示会に展示した。
 反響は大きく富士重工業スバル技術本部の軽量化グループが飛びついてきた。
 10月中旬には富士重工業スバル技術本部の軽量化グループはLWVというプロジェクトチームとなり、富士重工業スバル技術本部材料研究部、新日鐵に深井製作所も招待され三者で、高張力鋼板、TWB工法の研究を開始することとなった。
 ここでの新日鐵鋼板営業部末木部長代理(現部長)、君津技術研究部佐久間博士との出会いが、その後の深井製作所の研究開発に大きな影響を与えることとなった。

VA展示会展示品
初めてのTWB工法のVA展示会展示品(FRAME SD FF本体)2.6mm/2.3mm/1.6mm

溶接ワレ
プレス時の溶接ワレ

3-2-2) CO2レーザー溶接への変更   
 1999年3月から4月にかけて富士重工業の生産技術部、材料研究部がTWB工法の調査で欧州に出かけた。この出張報告書からティッセンスチール等欧州では、板重ね部の錆問題からマッシュシーム溶接からレーザー溶接に移りつつあることが判明し、発注を検討していた電元社 のマッシュシーム溶接機をやめてCO2レーザー溶接機を調査することとなった。

 1999年4月 深井製作所の新5ケ年計画「A21計画」がスタートした。この計画の主要テーマの一つが「技術立社」である。これに呼応して技術本部に井上グループ長以下6名の「開発技術グループ」を新設しTWB工法、高張力鋼板等先行技術開発の専門部署を設けた。プレス技術グループとして先行開発を研究していたが専任することで開発を急いだのである。
 1999年5月に初めて申請していた栃木県地域技術改善補助金が認可され、TWB工法研究に本腰を入れることとなった。
 1999年7月になると富士重工業スバル技術本部材料研究部はマッシュシーム溶接かCO2レーザー溶接か検討していたが、錆問題とティッセン等欧州の技術動向からCO2レーザー溶接に決定した。
 これにより深井製作所もCO2レーザー溶接方式に決定し、溶接機の検討を本格化した。 
 当時、CO2レーザー溶接機はドイツ製のトランプ社、スイスのス-ドロニック社が有名であったが、価格も国産の倍以上とずば抜けて高く国産に絞った。
 国内では三菱か日平トヤマが主流であった。ユニプレスは三菱製を導入、しかし深井製作所はレーザー切断機も日平であり、北関東地区でのサービス体制の良い日平トヤマ製に決定し発注した。
 発信器はファナックの3KWを2個つなぎ6KWとした。これは日平トヤマの2KWの切断機のヘッド部を変更した溶接機による溶接トライ結果などから対象板厚、溶接速度等考慮して、量産では4~5KWと予想して決定した。
 溶接機の溶接部がXYZ軸に動く方式とし、ワ-クは固定方式とした。
 ワ-クの搬送、固定設備は、他社への納入実績もある住金プラントへ発注した。
 CO2レーザー溶接機とワーク搬送、固定設備含め総額15,000万円にも成る高額投資であった。
 1999年12月 日平トヤマ製CO2レーザー溶接機導入設置、トライ開始した。
 CO2レーザー溶接機によるTWBの試作は、富士重工業の依頼もあり、継続して実施され2000年10月には富士重工社内の東京事業所で開催された社内先行開発展示会にも出品され、また衝突試験も行われ、TWB工法によるフレームが衝突対策としても有効であることが確認されて、次期レガシィ(21Z)での採用が確実になった。
FRAME SD FFのテーラードブランク工法
VA展示会に出品したCO2レーザー溶接からプラズマ溶接へのVA提案

3-2-3) プラズマ溶接の研究開始
 2000年1月 44S SUS LWR ブランク材の歩留まり向上のためTWB工法での溶接検討を開始した。レーザー溶接とは別に2000年10月TWB溶接の一手法としてプラズマ溶接の研究をスタ-トさせた。プラズマ溶接は、レ-ザ-溶接に比較し溶接速度がレ-ザ-の1/2程度と遅く、ワ-クの熱影響部がレ-ザ-溶接の倍になる問題はあるが、設備投資がレ-ザ-溶接の1/10程度と少なく、 溶接強度等の問題もないので研究していくこととした。
 2001年10月 TWB工法の溶接法としてプラズマ溶接による部品を富士重工業VA展示会に出品した。
さらに調査研究を進めていくと、2輪車の燃料タンクやスズキでもTWBにプラズマ溶接を採用していることなどが判明し、本格的に取り組むこととした。その一貫として2001年12月 プラズマ溶接機2基導入、44S SUS LWRの溶接をCO2レーザーからプラズマへの変更検討を開始した。溶接法の変更検討は、溶接機メーカー日立ビアメカニクス(株)と共同で行った。その後富士重工材料研究部の許可もいただき、2002年 3月 44S SUS LWR プラズマ溶接による量産を開始することが出来た。
 しかし量産となると細かい問題が発生した。最大の問題は、溶接スタ-ト位置での溶け落ちという問題であった。
 溶接端部は溶接熱の熱伝導範囲が狭くなかなか温度低下しない、そのためワ-クが動くと溶けた部位が振動等で落下してしまう現象である。
 SUS LWRの時はどちらかというとメ-カ-主体でやっていたので、気づかずFLR SDのプラズマ溶接への変更時、苦労の末にわかったことである。
 プラズマ溶接は突き合わせの隙間が0.15mm程度でも問題なく溶接でき、突き合わせ精度による不具合が解消できる大きなメリットがある。
プラズマ溶接

3-2-4) TWB材の量産開始
 2003年5月 21Z立ち上がりと共にCO2レーザー溶接設備を本格稼働させた。  
 本格稼働して先ず問題となったのは、溶接の不良率が非常に多いことであった。
 一番の原因は溶接部位の直線度がでていないため、突き合わせの隙間が0.1mm以上となり溶接不良、ワーク固定装置の不安定さ、ブランク材の反り、マガジンによる溶接部位の傷付き、溶接機の板押さえスパンの問題等あり、解決には一年以上もかかってしまった。

 その後、深井製作所の熱心なVA提案もあり、2007年4月次期インプレッサ(ZR1)立ち上がりから、富士重工業のTWB溶接はプラズマ溶接に全面的に設計変更となった。深井製作所は2006年12月からプラズマ溶接機を新たに4基順次導入し、溶接方法もワーク固定、ロボットによる溶接機稼働方式に変更し生産性の向上を図った。
 6基のプラズマ溶接機を持つTWB生産設備は規模として関東で一番である。

 TWB材製作のためのレーザー溶接方法も、最近では技術革新がめざましく、CO2レーザー、YAGレーザーのようなエネルギー密度の高い物から、半導体レーザー、ファイバーレーザーのような比較的大きなスポット面積をもちエネルギー密度が低く、切断や厚板の溶接は不可能であるが、熱伝導型の入熱特性であるため、薄板鋼板の溶接に利用すれば、スパッタが殆ど発生しない高品質なビードが得られる物が主流になってきている。また摩擦攪拌接合技術によるTWB材製作も日立でトライされていて、5年後の実用化に向けて研究されている。

3-1) テーラードブランク工法 《技術開発》

 有限要素法による車体強度・剛性解析手法がコンピューターの性能向上とともに大幅に進み、車体のどの部位にどれほどの応力がかかっているかが明確にされるようになった。
 こうなれば、必要な部位に必要な強度を持つ材料(材質・板厚)を配置できれば質量軽減が可能となるはずである。こうして種類の異なる鋼板を洋服屋さんのように組み合わせて使用するテーラードブランク(以下テーラードブランクをTWBと略す)工法が考えられ採用された。
 ブランク材の歩留まり向上による生産コストの低減という考えによりブランク材の突き合わせ溶接の構想は1960年代からあったが、実際に自動車に用いられることはなかった。1967年になると本田技研工業が軽自動車にTIG溶接された5分割のサイドパネルを採用した。
ヨーロッパでは1970年代からシーム溶接にて実用化されていたようだが、本格的になったのは1983年にティッセンスチールとAUDIが共同でAUDI100のFLOOR PAN Fのレーザー溶接による一体化に取り組んでからである。このときは同材質・同板厚で溶接長1670mmの大きなブランク材を作る目的であり、1985年に量産開始されている。
 このときは未だ軽量化という考えでなく、大きいブランク材を得るためとブランク材の歩留り向上が狙いであった。しかし1988年になるとVWとAUDI A4のフロントフレームをマッシュシーム溶接で量産している。1990年にはAUDI A4がCO2レーザー溶接によるTWB工法を用いて、軽量化をはっきりと意識して取り組んでいる。
 1988年にはトヨタ自動車もTWB工法を一部車種に採用している。
マッシュシーム溶接(左)とCO2レーザー溶接
マッシュシーム溶接(ワークを重ねてシーム溶接)とCO2レーザー溶接(突き合わせ部位を溶接)

(3)顧客ニーズからくる技術開発 【1998(平成10)年~2005(平成17)年】 《技術開発》

 地球環境保護政策から自動車産業にくる要求は排出ガスの浄化・削減であり、低燃費化である。排出ガス規制はマスキー法の適用から何度となく、段階的に規制強化されてきた。
この20年間は、各国において自動車の普及に伴い自動車に搭乗中の死亡事故が増加したため、乗員の安全対策・保護が衝突安全性として規制強化された。衝突安全対策は車体の質量増加を伴い、燃費の悪化ということになってしまう。これでは排出ガス規制強化に反することとなる。
こうして衝突安全性と排出ガス規制強化を両立させる自動車が世界中の顧客ニーズとして要求されてきた。 この顧客ニーズを満足させるために新しい技術として、車体軽量化と高強度化を両立させられる「テーラードブランク工法」、「高張力鋼板」などが脚光を浴びた。

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