3-2-1)マッシュシーム溶接
深井製作所では、富士重工業の次期レガシィへの採用を狙い、1998年の5月頃からTWB工法の研究を開始した。この時期富士重工業スバル技術本部材料研究部もTWB工法の検討を開始し、試作用のマッシュシーム溶接機の導入を行った。この時点では国内では、三菱自動車、韓国では現代自動車はじめマッシュシーム溶接によるTWBが主流であった。
深井製作所はFRAME SD FF 本体をマッシュシーム溶接によるTWB工法で試作し、10月のVA展示会に展示することとした、といっても溶接機があるわけでなし、溶接機は富士重工業で導入した機械を使わせて貰った。
9月にマッシュシーム溶接によるブランク材の製作を行ったが、マッシュシーム溶接も溶接途中で鋼板が熱とロ-ラ-の圧力で逃げて上手くいかず30枚近く試作してやっと数枚ブランク材が出来た。プレスすると1枚がワレもなく成形できコンプルしVA展示会に展示した。
反響は大きく富士重工業スバル技術本部の軽量化グループが飛びついてきた。
10月中旬には富士重工業スバル技術本部の軽量化グループはLWVというプロジェクトチームとなり、富士重工業スバル技術本部材料研究部、新日鐵に深井製作所も招待され三者で、高張力鋼板、TWB工法の研究を開始することとなった。
ここでの新日鐵鋼板営業部末木部長代理(現部長)、君津技術研究部佐久間博士との出会いが、その後の深井製作所の研究開発に大きな影響を与えることとなった。

初めてのTWB工法のVA展示会展示品(FRAME SD FF本体)2.6mm/2.3mm/1.6mm

プレス時の溶接ワレ
3-2-2) CO2レーザー溶接への変更
1999年3月から4月にかけて富士重工業の生産技術部、材料研究部がTWB工法の調査で欧州に出かけた。この出張報告書からティッセンスチール等欧州では、板重ね部の錆問題からマッシュシーム溶接からレーザー溶接に移りつつあることが判明し、発注を検討していた電元社 のマッシュシーム溶接機をやめてCO2レーザー溶接機を調査することとなった。
1999年4月 深井製作所の新5ケ年計画「A21計画」がスタートした。この計画の主要テーマの一つが「技術立社」である。これに呼応して技術本部に井上グループ長以下6名の「開発技術グループ」を新設しTWB工法、高張力鋼板等先行技術開発の専門部署を設けた。プレス技術グループとして先行開発を研究していたが専任することで開発を急いだのである。
1999年5月に初めて申請していた栃木県地域技術改善補助金が認可され、TWB工法研究に本腰を入れることとなった。
1999年7月になると富士重工業スバル技術本部材料研究部はマッシュシーム溶接かCO2レーザー溶接か検討していたが、錆問題とティッセン等欧州の技術動向からCO2レーザー溶接に決定した。
これにより深井製作所もCO2レーザー溶接方式に決定し、溶接機の検討を本格化した。
当時、CO2レーザー溶接機はドイツ製のトランプ社、スイスのス-ドロニック社が有名であったが、価格も国産の倍以上とずば抜けて高く国産に絞った。
国内では三菱か日平トヤマが主流であった。ユニプレスは三菱製を導入、しかし深井製作所はレーザー切断機も日平であり、北関東地区でのサービス体制の良い日平トヤマ製に決定し発注した。
発信器はファナックの3KWを2個つなぎ6KWとした。これは日平トヤマの2KWの切断機のヘッド部を変更した溶接機による溶接トライ結果などから対象板厚、溶接速度等考慮して、量産では4~5KWと予想して決定した。
溶接機の溶接部がXYZ軸に動く方式とし、ワ-クは固定方式とした。
ワ-クの搬送、固定設備は、他社への納入実績もある住金プラントへ発注した。
CO2レーザー溶接機とワーク搬送、固定設備含め総額15,000万円にも成る高額投資であった。
1999年12月 日平トヤマ製CO2レーザー溶接機導入設置、トライ開始した。
CO2レーザー溶接機によるTWBの試作は、富士重工業の依頼もあり、継続して実施され2000年10月には富士重工社内の東京事業所で開催された社内先行開発展示会にも出品され、また衝突試験も行われ、TWB工法によるフレームが衝突対策としても有効であることが確認されて、次期レガシィ(21Z)での採用が確実になった。

VA展示会に出品したCO2レーザー溶接からプラズマ溶接へのVA提案
3-2-3) プラズマ溶接の研究開始
2000年1月 44S SUS LWR ブランク材の歩留まり向上のためTWB工法での溶接検討を開始した。レーザー溶接とは別に2000年10月TWB溶接の一手法としてプラズマ溶接の研究をスタ-トさせた。プラズマ溶接は、レ-ザ-溶接に比較し溶接速度がレ-ザ-の1/2程度と遅く、ワ-クの熱影響部がレ-ザ-溶接の倍になる問題はあるが、設備投資がレ-ザ-溶接の1/10程度と少なく、 溶接強度等の問題もないので研究していくこととした。
2001年10月 TWB工法の溶接法としてプラズマ溶接による部品を富士重工業VA展示会に出品した。
さらに調査研究を進めていくと、2輪車の燃料タンクやスズキでもTWBにプラズマ溶接を採用していることなどが判明し、本格的に取り組むこととした。その一貫として2001年12月 プラズマ溶接機2基導入、44S SUS LWRの溶接をCO2レーザーからプラズマへの変更検討を開始した。溶接法の変更検討は、溶接機メーカー日立ビアメカニクス(株)と共同で行った。その後富士重工材料研究部の許可もいただき、2002年 3月 44S SUS LWR プラズマ溶接による量産を開始することが出来た。
しかし量産となると細かい問題が発生した。最大の問題は、溶接スタ-ト位置での溶け落ちという問題であった。
溶接端部は溶接熱の熱伝導範囲が狭くなかなか温度低下しない、そのためワ-クが動くと溶けた部位が振動等で落下してしまう現象である。
SUS LWRの時はどちらかというとメ-カ-主体でやっていたので、気づかずFLR SDのプラズマ溶接への変更時、苦労の末にわかったことである。
プラズマ溶接は突き合わせの隙間が0.15mm程度でも問題なく溶接でき、突き合わせ精度による不具合が解消できる大きなメリットがある。

3-2-4) TWB材の量産開始
2003年5月 21Z立ち上がりと共にCO2レーザー溶接設備を本格稼働させた。
本格稼働して先ず問題となったのは、溶接の不良率が非常に多いことであった。
一番の原因は溶接部位の直線度がでていないため、突き合わせの隙間が0.1mm以上となり溶接不良、ワーク固定装置の不安定さ、ブランク材の反り、マガジンによる溶接部位の傷付き、溶接機の板押さえスパンの問題等あり、解決には一年以上もかかってしまった。
その後、深井製作所の熱心なVA提案もあり、2007年4月次期インプレッサ(ZR1)立ち上がりから、富士重工業のTWB溶接はプラズマ溶接に全面的に設計変更となった。深井製作所は2006年12月からプラズマ溶接機を新たに4基順次導入し、溶接方法もワーク固定、ロボットによる溶接機稼働方式に変更し生産性の向上を図った。
6基のプラズマ溶接機を持つTWB生産設備は規模として関東で一番である。
TWB材製作のためのレーザー溶接方法も、最近では技術革新がめざましく、CO2レーザー、YAGレーザーのようなエネルギー密度の高い物から、半導体レーザー、ファイバーレーザーのような比較的大きなスポット面積をもちエネルギー密度が低く、切断や厚板の溶接は不可能であるが、熱伝導型の入熱特性であるため、薄板鋼板の溶接に利用すれば、スパッタが殆ど発生しない高品質なビードが得られる物が主流になってきている。また摩擦攪拌接合技術によるTWB材製作も日立でトライされていて、5年後の実用化に向けて研究されている。