70年のあゆみ-営業活動・顧客動向・業界の動き

(4)売上目標150億を1年前倒し達成 【2007年(平成19)年~】 《営業活動》

 2008(平成20)年度に目標売上高150億を掲げ、全社一丸となり、目標に向かって邁進して来ました。その結果、富士重工(株)の好調な生産数により、2007(平成19)年度に売上高168億となった。これは、目標の1年前倒しでの達成であった。バブル崩壊後4年目の1995(平成7)年には、71億まで売上高が減少したが、1998(平成10)年には95億、2003(平成15)年には136億となり、この8年間で約2倍まで売上高を伸ばすことができた。
 これは、日頃の活動の成果はもちろんですが、次の要因が大きく寄与しました。
 ・開発技術部門の設置による新技術提案志向の技術変革
 ・諸先輩が築いてこられた技術力・管理力の継承
 ・営業技術によるタイムリ-な営業活動
 ・初のプレゼンテ-ションの開催・継続とお客様ニ-ズが合致

 その後、プレゼンテ-ションは毎年2回実施しております。
 これらの結果、中堅企業としての基盤が確立された。
 これを踏まえ、2012(平成23)年には、現有設備を最大限に有効利用し、新技術を織り込んだ部品開発を進め、売上高200億を達成することを目指しております。
フォレスターエクシーガ

(3)攻めの営業へ変革 【1999年(平成11)年~】 《営業活動》

1)お客様へ“深井初のプレゼンテ-ション”
 1991(平成3)年バブル崩壊後、RE計画による新規顧客の開拓や既存顧客の受注量拡大に向けた活動を続けてきましたが、顧客の求めている要求は、品質、価格、納期の最適な部品を購入することであった。そこで、1999(平成11)年10月にユニプレス(株)との合同で、富士重工(株)において「深井初のプレゼンテ-ション」を開催し、大勢の方々が来場されました。総来場者は316名で、富士重工株式会社の開発部門より157名、製作所部門より79名、地場の取引先を含んだ会社より80名の方々が来場されました。
 展示品は、テ-ラ-ドブランク部品、高張力材部品やモジュ-ル化、精密プレス部品等数多く出展しました。特に自動車の軽量化に関する部品に感心が集中し、大好評でありました。結果は、深井の技術力を十分披露でき、「受身の営業」から「攻めの営業」への変遷の一歩が踏み出せ、初のプレゼンテ-ションは無事成功することが出来ました。
プレゼンテーション1プレゼンテーション2

2)大型プレス機導入による営業活動
 1997(平成9)年12月に京都市の国立京都国際会館で開かれました第3回気候変動枠組条約締約国会議において、気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書によるCO2削減(日本6%)が結ばれて、自動車の軽量化が一段とクロ-ズアップされてきた。
 深井初のプレゼンテ-ションでも軽量化に注目があったこともこの議定書からである。
各自動車メ-カは、次期車に軽量化するための高張力材を採用する動きに拍車がかかった。この高張力材は590Mpa級で一般材の2倍の強さで、当社のメイン部品のフレ-ムサイドリアロアフレ-ムリアが、1600TRFプレスでは生産ができなくなる可能性が予測された。そのために弊社も大型プレス機導入の検討に入った。
 しかし、売上高はバブル崩壊後から5年目の1997(平成9)年から増加傾向になって来ていたが、バブル崩壊後の影響がまだ残っている状況にあった。世の中も少しは良くなってきているものの、地方や中小企業では、良くなってきたとは感じられる状況ではなかったので、高額投資はさけなければならなかった。
 そこに、富士重工(株)より中古プレスがあるとの情報を頂き、導入するかの議論を再三重ね、経営としてどうしても必要との結論に至り、2005(平成17)年12月にISUZU自動車(株)藤沢工場より、2700TRFプレス機の導入・設置をしました。
 現在は、高張力材のフレ-ムサイドリアロアフレ-ムリアの590Mpa級部品やセンタ-ピラ-(980Mpa級)を中心にフル生産をしております。
また、このTRFプレスを導入したことで多くの部品を受注することができた。

3)金型・設備事業部の構築・拡大
 2000(平成12)年ごろより自動車メ-カ各社がプラットホ-ムの共用化を進める方向にむかった。それにより、弊社で受注していた設備の受注量も少なくなることが予測されたため、2003(平成15)年3月にロボットを配置した設備の設計・製作していた関東技研(株)を深井へ統合し、弊社の営業部門との連携による受注量の拡大を図った。これにより、弊社の設備治具事業部となり、組織は5本部制から5本部1事業部制となった。
 その後、設備治具事業部は、本社大月工場内が手狭になったため、2005(平成17)年7月に足利市駒場町に新工場を設け、自動車部品に偏らず今まで培って来た固有技術により、設備・治具の営業活動を積極的に開始した。2006(平成18)年10月に事業部名を設備事業部に変更した。
 また、同年同月に技術本部内のプレス技術課を分割し、金型のみを製作・発注する業務に特化した組織の金型事業部を新設した。これにより、5本部1事業部制から5本部2事業部制となった。
 これは、将来の売上高150億を目指す一つの手段として、より効率的な業務遂行および拡販活動による売上高の増大を目指すための発足であった。
駒場工場

(2)バブル崩壊後の苦難 【1991(平成3)年~1995(平成7)年】 《営業活動》

1)売上高激減で設立以来の大ピンチ
 売上が順調に拡大をし、過去最高の売上高を記録した翌年の1991(平成3)年にバブルが崩壊した。この年は、新工場建設の構想が整い建設の決断をする時期であった。崩壊後、1990(平成2)年の売上高106億をピ-クに緩やかに生産量が減少し、それにともない売上高の減少が始まった。
 1992(平成4)年には93億まで落ち込んだ。そこで、バブル崩壊後2年目の1993(平成5)年にRE計画を策定し、各職場でその目標に向かい取り組みを開始した。しかし、崩壊後4年目の1995(平成7)年には売上高71億円まで落ち込んでしまった。
 会社設立以来の大ピンチを迎え、売上高を拡大するための手段として、新規顧客先の拡大を最優先にした活動に打ってでた。

2)新規お客様の開拓開始
 RE計画での施策として売上高拡大に向け、既存顧客以外の新規顧客の拡販活動をするため、1993(平成5)年に開発課を新設し、拡販活動を開始した。世の中の経済が低迷している中でどうやって拡販するか検討を重ねた結果、まずは、弊社のプレスを有効に使用出来る顧客に絞った拡販をする方向にした。
 まず、同年3月に荻原物産(株)よりプレス・組立の自動車部品を受注して、北米へ向け輸出を開始した。その後、思うように新規顧客が開拓出来なかったが、1994ゅ平成6年ょ1月に(株)エフテックよりSIAで生産するレガシィのリア廻り部品の金型を46型受注した。当時は、各自動車メ-カ-の新規開発が少なく、どこの金型屋も負荷不足であったため、大変有り難い受注であった。同年年2月に日立化成工業(株)から自動車部品を4点受注し、B6のブランキングラインで生産した。また、同年5月に脚立を販売しているアルインコ(株)より、脚立の継ぎ手部品を受注し、栃木県茂木町の工業団地まで片道2.5時間かけて納入した。
 その後、この勢いにのり次々と新規顧客先を拡大した。同年7月にタイガ-カワシマ(株)より米自動計量器のホッパ-を受注し、Cラインプレスにて生産をした。同年10月に荻原物産(株)」よりシュレッダ-ボックスを受注し、新田工場にて生産を開始した。同年11月に建設機械を中心に製作・販売をしている株式会社加藤製作所よりショベルカ-のカバ-やクレ-ン車のカバ-を受注し、当時の新田工場設備のベンダ-やタレパンの設備にて生産をしました。同年12月にダイハツ車体(株)よりゴルフカ-トのフレ-ム組立を受注し、大月工場にて生産を開始した。
 さらに顧客拡大を進め、フクダエンジニアリング(株)より伸縮自在コンベア、日本鋼管ライトスチ-ル(株)のガ-ドレ-ルブラケット部品、東京鋼鉄(株)の駐輪場の架台、(株)三翆社のキュ-ピクル、サン自動車(株)のけん引車を受注した。1997(平成9)年1月に(株)エフテックよりアコ-ドの設備受注をきっかけに部品の生産も引き受け、生産を開始した。その結果、新規お客様を11社拡販でき、売上高は年間で約8億増やすことが出来た。現在では、(株)エフテックとの取引が年々増え、年商で約10億の売上を計上している。
 しかし、売上高の拡大スピ-ドは上がらずであった。そこで、1989(平成元)年に達成した100億に早く戻すために、1998(平成10)年4月に技術部内に開発技術Gを新設した。
 受身の営業活動から弊社の持っている技術力にさらに磨きをかけ、新技術・品質、価格、納期等をお客様に満足して頂けるように、攻めの営業への第一歩を踏み出した。
シュレッダーボックスゴルフカートフレームガードレールブラケット

3)海外向け金型・設備受注による技術員派遣 1998(平成10)年~
 1998(平成10)年2月、第18回冬季長野オリンピックで日本が盛り上がりをみせていたこの年、山川工業(株)と大和工業(株)が合併し、ユニプレス(株)が誕生しました。弊社の売上高がわずかではあるが増加の兆しが見え始めたこの年に、ユニプレス株式会社より海外向けの金型・設備を受注し、アメリカテネシ-州にあるユニプレスアメリカへ初めて技術員の派遣をしました。これは、富士重工(株)のアメリカ(SIA)で生産するレガシィ-のフルモデルチェンジ車で、幣社で受注していたフレ-ムサイドFF・ブラケットエフサス部品の金型・設備の製作と現地据え付け工事および品質を含めた受注をし、技術員を3名派遣した。
 2002(平成14)年には次期レガシィ-(21Z)の金型・設備をユニプレス(株)と菊池プレス工業(株)より受注をし、アメリカへ技術員を2社に各2名派遣をした。その間日本からも今後の海外生産工場計画を見据えた情報収集のために、経営者トップが数回に分けて渡米を繰り返した。
 2004(平成16)年には、北米での生産工場設立に向けた時期・人員・場所・設備・投資等を計画するために、北米進出準備室を開設し、ユニプレスアメリカに駐在員1名派遣した。そこで、海外でのいろいろな課題等を1年間調査・整理をしました。しかし、結果としては、日米の生産環境やお客様のご指導等により、経営判断で北米計画は保留となりました。
 その後も、ユニプレス(株)よりイギリスで生産する金型を受注し、次々と派遣をした。今までは遠い国であった国が、日本の出張同様に行き来するようになり、バブル崩壊後の金型・設備の仕事も年度毎に増え、2002(平成14)年には総売上高は94億となり、バブル時期の売上高に戻ってきた。
派遣技術員SIAにて

(1)創業より50年までのあゆみ 【1938(昭和13)年~1989(平成元)年】 《営業活動》

 先代深井義信社長の念願でありました「売上高100億」が、会社設立52年目の平成元年に売上高102億を達成することができた。ここに至るまで半世紀の道のりでありましたが、先代社長の強いリ-ダシップ、二代目社長のアグレッシブな展開、さらには入社された方々の努力の結果により達成され、これまでの中小企業から中堅企業への一歩が始まった。

1)会社創業時からの軍用飛行機産業
 会社設立1年目は133千円の売上高で、当時の中島飛行機の冶具・部品等の製造で始まりました。創業当初より軍需産業を中心として部品を受注・製造しました。

2)戦後の富士工業(株)からの「スク-タ」及び日立製作所(株)の「家電製品」受注
 1951(昭和26)年には、富士工業(株)よりスク-タ部品を受注し、プレス部品主体の生産工場へ変革した。さらに、富士重工業(株)群馬製作所との取引をさせて頂いたのを足がかりに、同伊勢崎製作所の窓枠部品も受注。合わせて同宇都宮製作所の折りたたみ式コンテナ-を受注した。30年代に入ると産業界が活発するに連れ、家電の日立製作所(株)より電気冷蔵庫の部品を受注しました。スク-タ部品を初めとして、受注部品は多岐・多量にわたりました。

3)富士重工業(株)の四輪車転換に合わせて
 1958(昭和33)年にはスバル360の部品を受注・製作した。センタピラ-・リヤスカ-トなどが主なものであった。
スバル360

4)富士精密工業(株)(プリンス自動車)からの受注
 このスバル360が順調な伸びを示していた頃、当時の富士精密工業(株)(プリンス自動車工業(株)から日産自動車(株))からスカイラインのインストパネルやプリンスホ-マ、マイラ-、クリッパ-のトラック部品を受注しました。
スカイライン

5)本田技研(株)及びダイハツ工業(株)との取引
 昭和40年代には、本田技研(株)狭山工場が完成したのを機に、鈴鹿工場より移管になる軽トラックのボディ-部品を受注しました。その後、ダイハツ工業(株)前橋製作所(ダイハツ車体(株))より軽トラック部品を受注した。

6)プリンス自動車(株)と日産自動車(株)の合併と山川工業(株)との業務提携
 1966(昭和41)年5月、プリンス自動車工業(株)と日産自動車(株)の合併が実現した。1969(昭和44)年に、山川工業(株)(現 ユニプレス株式会社)と業務提携をし、日産自動車と新たな取引を開始することになった。

7)久保田鉄工(株)から農業機械部品の受注
 1969(昭和44)年に久保田鉄工株式会社(現 株式会社クボタ)の協力工場となり、バインダ-・コンバイン・田植機の部品を多量に受注しました。1975(昭和50)年には、筑波工場よりトラクタ-のロ-タリカバ-を受注した。その後農機具の売上が年ごとに伸び、1977(昭和52)年には、55億を達した。このときの売上比率は、久保田鉄工(株)39%、山川工業(株)30%、富士重工(株)28%であった。1983(昭和58)年には念願であった完成部品のグレンタンクを受注しました。初の完成部品とのことで、成功に向けた強行作業であった。
グレンタンク

8)念願の売上高100億の達成
 売上も着実に拡大を続け、1987(昭和62)年(会社設立50年)に83億円を達成、1989(平成元)年(会社設立52年)に102億円となった。その翌年の1990(平成2)年(会社設立53年)には、106億となり過去最高の売上高を記録した。これまでの自動車部品や農業機械部品に加え、産業機械部品の日立建機(株)、小松メック(株)、富士重工(株)大宮工場、三洋電機(株)、スバル梱包輸送(株)との取引が始まり、念願の100億の達成となった。
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