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(4)職場環境改善への取り組み 《人事・安全・環境》

1)大月本社工場への統合 1993(平成5)年~1998(平成10)年
 1993(平成5)年8月、大月新工場が完成し稼働を開始したわけであるが、このときはまだ御厨工場の機能の一部が移転しただけであった。続いて、'94(平成6)年11月に太田工場を、翌年'95(平成7)年11月に新田工場を閉鎖し大月工場に移設統合した。そして、'97(平成3)年3月までに御厨工場の機能のすべてを移設、ここに深井製作所の機能が全面的に大月工場に統合するに至った。
 従業員にとって5万坪敷地の会社の内外の環境はすべてが新しかった。全員の通勤経路が変わり大月工場に集結した。
 そういう中、1995(平成7)年に足利工業大学より桜の苗木100本の寄付を受けた。今では主幹も太く成長し、毎年4月になると満開の桜が工場外周に彩りを添えている。
 徐々に工場外周環境や職場環境に応じた新しいルールを策定、整備していった。
大月工場

2)職場改善から環境管理へ(環境マネジメントシステムの導入) 1999(平成11)年~2008(平成20)年

 1998(平成10)年4月、当社はISO9001を認証取得した。翌年7月、顧客である富士重工主催の環境問題研究会が始まった。ISO14001取得を前提とした第1部会会社の集まりの勉強会であった。主に、各会社の総務関係のメンバーが参加した。当時、すでにISO14001を認証取得していたのは第1部会11社中1社だけであった。コピー用紙と産業廃棄物の削減目標を立て、研究会で勉強し各社で削減活動を行った。
 この研究会は、翌年3月まで続いた。大半の会社はこの後ISO14001の認証取得に向けて活動を開始することになった。
 しかし、当社は、すでに取得していたISO9001をQS9000に切り替える準備があったため、QS9000認証取得後に活動を開始するということになった。
 結局、全員集会にてISO14001認証取得に向けてキックオフをしたのは、2004(平成16)年4月1日であった。
 大月工場は自然環境豊かな工場であるが、環境改善を目的に環境管理を始めたのはこの頃からであった。
 工場敷地内にあった可燃物焼却場の廃止にともない、ゴミの分別を開始した(2000年1月)。このとき可燃物廃棄物のポリ容器を全社統一して設置した。また工場北側に産廃物の分別集積場の「エコターミナル」を新設した。深井製作所の環境方針を策定しこの環境方針に基づき、各部署が環境に関する改善目標をたて改善活動を開始した。
 2005(平成17)年2月22日認証取得した。
 生産工場の源泉というべき金属原材料、電気利用の削減には当初から果敢に取り組んでいる。
ISO14001

3)安全衛生マネジメントシステムの導入 2004(平成16)年~2008(平成20)年
 大月新工場が稼働開始して以来、従業員が安心・安全に生産活動に従事できるよう安全衛生体制や防火防災体制の整備の充実を図ってきた。
 安全衛生や防火防災活動は労使より構成される安全衛生委員会を中心に、常に社内の隅々に目を配りながら適切な対策をとり、またときに監督署や消防署の要請に応えながらおこなってきた。
そんな中、2000(平成12)年11月、栃木労働局より快適職場推進事業所に認定されたことは喜ばしい出来事であった。
 2004(平成16)年12月、監督署より安全衛生マネジメントシステムの導入要請があった。
 1999(平成11)年、労働安全衛生法の一部改正により、『労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針』(平成11年4月30日)が告示された。
 バブル経済崩壊後、社会経済情勢の変革の流れの中で安全衛生管理についても変化がみられた。労働災害は減少してきているものの、人員の合理化、アウトソーシング化、分社化により安全衛生管理部門の人材が減少し、安全確保の面で知識や技術が次世代に円滑に伝承されにくくなってきた。そこで安全衛生管理を確保する方法として新しく登場したのが安全衛生マネジメントシステムである。
 そういう背景があっての導入要請であった。
 しかし、当社では他社にみられるような人員の合理化等の事情はなく、人材の減少はなかったが安全衛生マネジメントシステムを導入することにした。それは監督署の要請は導入の一契機ではあったが、年4~6件の労働災害が発生しており、それを何とか導入することにより削減したいという会社としての強い一念があったからである。2006(平成18)年4月、安全衛生マネジメントシステムの導入を開始した。
 日々の安全衛生活動により工場内の働く環境は整備されてきた。しかし工場の構造によるためか、冷暖房や溶接の排煙対策に苦心・苦悩してきた。様々な対策をとってきたが、いまだ今日の大きな取り組む課題となっている。
快適職場認定書

4)5S活動の変遷と変身 1997(平成9)年~2008(平成20)年
 5S活動は安全衛生活動をはじめすべての活動の基本である。
 そのような認識のもと5S活動は御厨工場の時代に一時期おこなっていた。大月工場に移転してからは、1997(平成9)年に富士重工指導によるSPS活動の一環で5S活動をおこなった。これは主に工場内の一部(組立職場のライン)を中心にした活動であった。
 工場内・ライン・設備における標準類の作成(ルールづくり)をおこなった。このときの標準化の考えはこの後のFPS活動にも流れ、安全衛生活動などさまざまな活動に活用され現在にも及んでいる。
次に工場、事務所を含めた全社的な5S活動が始まったのは1999(平成11)年からであった。各職場の5S活動を競争の形をとり、相撲番付になぞらえて楽しく展開し、評価・表彰もおこなった。このときは評価の難しさを痛感した。
 2002(平成14)年、新たな5S活動が開始された。その名も「儲かる5S」であった。柿村専務(当時)を中心に5S推進委員会が組織され活動が始まった。目的は、「異常がわかる」「ムダが見える」「会社が儲かる」ことである。トップダウンのやり方で行ったが活動の中心は各職場の課長であった。活動期間は当初1年間としていたが、2007(平成19)年10月まで続いた。写真を活用し他社へ工場見学を行なったり、表彰制度も取り入れながら5S活動を進めた。活動の成果は工場内の随所に現れ、他社の評判にもなり見学者が増えた。
 その後5S活動のトップが交替し、同年11月から5S推進委員会の構成を変更し、委員会を中心に新たな活動が展開された。毎月課長以上による土曜休日の活動も行うなど、大月工場稼働開始以来の大がかりな5S活動であり、15年間の垢落としがスタートした。
5S指導会

きむら5S実践舎の木村温彦先生・越前行夫先生の指導も同時に開始された。両先生の理論をともなった指導・改善ヒントはわかりやすく誰でもできる改善となっている。「見える化」「コンビニ化」「自分のために」などをめざし、日々邁進している。
 "みんなで実践 変えよう 変わろう!"(5Sキャッチフレーズ)
  このキャッチフレーズは、全従業員から募集し1位になったものである。このキャッチフレーズの下、従業員も会社も変わる日が近いことを念願している。
5S活動で整然とした職場

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