(3)人事管理制度の変遷 《人事・安全・環境》
1)年功序列型人事管理から能力主義的人事管理への転換
わが国の企業における人事管理は、長い間年功序列を中心に行われてきた。しかし技術革新その他による経済活動の高度化は、生産工程や労働内容そのものに著しい変化をもたらした。昇進・昇給などの基準を各人の年齢や勤続年数でなく、能力そのものに求める必要が生じてきた。
すなわち、年功序列型人事管理から能力主義的人事管理への転換が必要になってきた。
2)職能資格制度の導入 1985(昭和60)年~1992(平成4)年
深井製作所においては、1980(昭和55)年から能力主義を内容とする新人事管理制度確立への具体的な動きが始まり、1982(昭和57)年に至って関連3規定、すなわち「作業等級規定」・「賃金規定」および「資格規定」が制定され社内展開された。
しかしながら、運用面においてさまざまな問題が発生した。
そのひとつには、”飛び級”があり昇格時に昇給幅が大きくなりすぎ制度の運用が困難になった、というような点があった。そこで1985(昭和60)年11月、外部の専門家の指導の下に、1986年4月「職能資格等級制度」に改めた。「ヤレばヤッタだけ」の精神の導入である。この制度は「職能要件書」を中核に、職種別・等級別に必要な能力のレベルと内容を示したもので、9月に完成した。いうならば社員の能力のあるべき姿が示され、指導・育成していくという制度である。
この制度は20年経った今日でも生き続けている。この年4月に賃金制度も改めた。このとき全従業員に対して、人事管理委員会より小冊子『「職能資格制度」について』を発行配付し、新人事管理制度の説明会を実施し理解を求めた。この年10月には職能資格制度に基づく人事考課制度も導入した。翌年4月には賃金と連動するこれまでの退職金制度を改め、ポイント制退職金制度に変更した。誰でもが自分の退職金計算ができ将来予測が可能となった。6月、職能資格制度に基づく最初の昇格試験を実施した。このように次々と精力的に人事制度の改訂をおこなった。
![]()
3)職能資格制度の定着 1993(平成5)年~1996(平成8)年
職能資格制度を導入して数年が経って、職能要件書に記載されている仕事内容が実際の仕事と合わなくなってきた。
そこで、1993(平成5)年4月、職能要件書を全面改訂した。さらに6月人事考課の公正・公平を考慮し、目標の難易度を織り込んだ人事考課方法に改めた。1994(平成6)年2月、職能資格制度導入後8年経過したところで制度の定着化や今後の改訂方向を調査するため、初めて従業員に対して職能資格制度に関するアンケートを実施した。高齢になるほど年功序列に寄り、若い人ほど職能資格制度を良しとする傾向があることが判明した。
![]()
4)職能資格制度の見直し 1997(平成9)年~2002(平成14)年
1990年にバブルがはじけ経済情勢が厳しさを増してきて、’93年頃から大企業ではリストラが始まった。’95年4月の完全失業率は1953年以降最悪の3.2%(214万人)となった。空前の就職難であった。
労働白書によると’97年には定職を求めない若者のフリーターが151万人で大卒の2.3%にもなった。
また、2000年の春闘賃上げは最低の1.94%であった。これらは経済情勢の厳しさを物語っている。
深井製作所も様々な面を見直す必要が生じた。人事制度も例外ではなかった。これまでの能力給あるいは"役割"を見直すことであった。
その一つの改訂が1997(平成9)年10月、管理職の手当を変更し役割給を導入したことであった。さらに、2002(平成14)年4月に年功的色彩の年齢給を廃止し、従来の職能給を新職能給体系(保有能力給・職務給)に変更した。
![]()