(1)山辺工場からの出発 【1938(昭和13)年10月~1965(昭和40)年9月】 《会社動向》
企業は時代の流れに上手に乗りながら永続発展して行くと言われます。
足利は戦前『足利銘仙』で全国に名を知られ繊維の町として繁栄したが、今やノコギリ屋根が象徴の繊維工場はほとんど見られなくなった。
当社は、1938(昭和13)年軍事体制下、飛行機の治具・部品の製作工場として山辺(足利郡山辺町)の地で操業を開始し、戦後は平和産業へ転身、日用雑貨品などの生産からスタートした。
その後、スクーター・自転車部品で社業発展の糸口をつかみ、朝鮮動乱による活況の中、金型・治具製造工場からプレス部品主体の生産工場へと拡大していった。
1959(昭和34)年頃になると、各自動車メーカーは小型車を相次いで市場に投入し、モータリゼーションの幕開けとなった。
富士重工やその他自動車メーカーとの取引も順調に拡大し、手狭さと環境問題から、山辺工場から御厨工場への移転を余儀なくされた。
《なお、この時期の詳しいことは既刊『深井製作所五十年史』を参照下さい。》