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(1)合理化活動の変遷 《合理化活動》

 日本経済は、昭和初期の時代から戦時中を除いて戦後の目まぐるしい復興さらには高度経済成長時代までは、何でも作れば売れる時代が続き誰もが上を向いて生活をしていた。ところが1965年(昭和40年)代中頃になると、高度成長時代もピークを迎え、企業間競争が激化し業界再編成が行われ始めた。
 こうしたところへ、1973年(昭和48年)中東戦争が勃発し石油危機が到来、いわゆる「石油ショック」となり世界規模で不況となった。特に資源を持たない日本経済の打撃は他に類を見ないほどであった。さらに自動車産業についての石油ショックは大変なものであり、量から質へと大きく方向転換を迫られた。
 深井製作所も石油ショックのあおりを受け、当時自動車部品については富士重工23%減、日産自動車11%減と落ち込んだが、幸いにして久保田鉄工(株)との取引増大により売上高は時代に逆らい前年比20%の増となっていた。
 そんな中、1977年(昭和52年)日産自動車(株)より「P3運動」と企業体質改善活動が展開された。それを受け我が社では「P3TATE運動」を展開し深井製作所初の合理化活動となった。
以降合理化活動の歴史を下記に記し、SPS、FPS活動については、詳細を続けて記す。

・合理化活動の歴史
1977年10月 P3TATE運動
1981年04月 新生産方式
1982年10月 3F活動(R計画)
1984年04月 Q-UP作戦(3F活動に包括)
1984年09月 トヨタ生産システム勉強会(IQプロジェクト)
1985年01月 5S活動、SUプロジェクト(旧IQ)、KGプロジェクト発足
1993年10月 SPS5ゲン主義でムダ取り実践
1994年01月 SPS活動 JMAC指導終了京三電機指導に変更
     04月 SPS活動不活発で評価悪い
     07月 間接人員合理化VFP展開
     11月 合理化人員で内製化推進
1996年07月 SPS京三電機巡回指導
1997年06月 SPS改善指導会が当社で実施(山下先生他50名)
     09月 SPS活動にて最低評価を受ける
     11月 富士重工のSPS活動3本柱に(製造・品質・開発)
1998年01月 日本能率協会コンサルティング受入れ決定(3月~)
     04月 JMACコンサルタント指導受入
     10月 FPS活動にて在庫削減活動取組
1999年03月 FPS活動基本方針展開
     05月 SPS山下指導会当社で開催
     12月 MOSTによる標準時間設定
2001年10月 組立能率管理スタート、「生産性指標管理要領」発行
     11月 フSPS、チーム指導会(11/6)
AGV活用による物流改善
2002年05月 富士重工SPS成果報告会(5/23)
     09月 富士重工SPS山下診断指導会当社で開催(9/18)
     10月 富士重工SPS成果報告会(10/23)
     11月 富士重工YL道場(改善マン育成)当社で開催(11/19)
2003年04月 SPS成果発表会(5/22) 東毛学習センター
     11月 物流改革でコンサルタント導入(中産連)11/26 キックオフ式
2007年08月 物流、現場省人化に浅野先生指導会開始
2007年10月 新5S活動 木村先生、越前先生の指導開始

改善事例:無人化ピラーライン
改善事例:無人化ピラーライン

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