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(15)第2次経営計画(A21計画)と収益力向上 【1999(平成11)年~2003(平成15)年】

 1990年代初めにバブルが崩壊し日本経済は落ち込んだが、10年経過した2000(平成12)年になっても景気は回復せず、公示時価は連続下落、完全失業率も5%後半で推移していた。 
 そうした環境の中、当社の業績はRE計画後半には徐々に改善し第2次合理化計画A21計画へと引き継がれた(1999年4月)。  
 売上高は1992(平成4)年9月以来減少が続いていたが、RE計画の中間となる1996(平成8)年9月にストップし、その後徐々に回復、A21計画の最終年度となる2004年3月には取り組みが実を結び、136億円の売上高を確保するまでになり収益力も向上した。
 『技術立社』は、社長が1998(平成10)年4月に経営活動スローガンとして表明した。技術立社はA21計画の柱の一つであった。
 自動車メーカーは開発車の増加やコスト削減による工数不足から部品メーカーに対しゲストエンジニアを要請するようになった。部品受注、拡販活動のためゲストエンジニアは不可欠な時代となった。
 また、提案企業として新技術・新工法・新製品のプレゼンテーションを積極的におこなうようになった。
 FPS活動もA21計画の柱の一つである。生産性向上、品質のレベルアップ、在庫削減、物流、5S、標準化など会社の成長に役立った。『技術立社』もFPS活動も売上高増大、収益力向上に大きく寄与することになった。

 この頃の主な出来事を列挙する。
・FPS活動基本方針展開(1999年3月)
・テーラードプランク材の研究に栃木県地域技術改善補助金が交付される(1999年)
・顧客先に対してユニプレス・深井製作所合同プレゼンテーションを行う(1999年)
・栃木労働局より快適職場推進事業所に認定される(2000年)
・プレス全ラインかんばん生産完了(2000年)
・教育委員会発足(2000年)
・組立職場能率管理スタート(2001年)
・QS9000認証取得(2003年1月)
・栃木県フロンティア企業に認証される(2003年)

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