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(8)徐々に増す厳しさ 【昭和51年~55年】

 昭和51年の念頭に当たり社長は、経営のテーマに「未見の我」の具現ということを掲げた。自分の中には自分の知らない自分があり、人間には無限の可能性があるのだから、各自努力すれば自分はこんなことまでできるのだという結果を示してほしいと要望した。
 昭和52年、40人の大量採用で従業員数が初めて400人を越した(419人)。昭和52年9月決算(39期)で、売上高は初めて50億円台に達した(55億4,700万円)。昭和48年のオイルショック以降、その影響をひきずったまま昭和53年9月決算(40期)は、赤字に終わった。昭和54年には、約3億円の合理化目標の下、4つのプロジェクトチームによる経費削減、外注加工費・購入品低減、生産工数低減、材料費低減など合理化推進がおこなわれた。
 昭和55年に入って目標管理制度を導入した。そのなかで、管理者スキルのレベルアップと意識の変革をはかる教育を実施した。合理化の努力と諸条件の好転と相まって、昭和55年9月期(第42期)決算で、創業以来最高の利益(89,890千円)を遂げた。
 昭和55年に600トントランスファープレスの導入が工場増設と合わせて実施された。
 昭和52年12月、関連会社「ハンドワーク工業株式会社」設立、昭和55年4月1日、関連会社「サン運輸株式会社」設立。

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